Photo by Kondo Atsushi

「成長するより変化したい。そのために365パターン違う生活をする」

渡部暁斗 #3

今回のアチーバーは、ノルディック複合・オリンピック3大会連続メダリストの渡部暁斗さんです。渡部さんは、2006年のトリノオリンピックに17歳で出場し、3度目のオリンピックとなる14年ソチ大会では個人ノーマルヒルで銀メダルを獲得。17年シーズンには、日本人2人目のワールドカップ個人総合優勝を果たし、世界から尊敬を集める「キング・オブ・スキー」の称号を得ました。ワールドカップでは初優勝した11年シーズンから8年連続で3位以内を記録。18年平昌オリンピック、今年の北京オリンピックでもメダルを獲得するなど、長く世界のトップとして戦い続けてきました。安定した成績を残すために必要な浮き沈みの少ないメンタルの保ち方、「成長」ではなく「変化」を求める考え方とは―。渡部さんの「WORD」から、目標に向かい、昨日の自分を超えるヒントを見つけてください。今回は全3回連載の第3回目をお送りします

Q:ビジネスの世界でも、壁を乗り越えようともがく中で、挫折を感じたり、うまくいかない時期はあると思います。渡部さんも、キャリアの中で停滞を感じた時期はありましたか?

大学1、2年の時ですね。高校生でオリンピック出た時はジャンプが得意で、(クロスカントリーが)走れないっていうバランスの選手だったんですが、大学に入って、ジャンプが飛べなくなったんです。高校3年生の時に、トレーニング中に転倒で手首を骨折して、それから飛ぶのが怖いと言うか、体が拒否してしまって、2年間ぐらいまともに飛べなかったんですよ。ワールドカップに出ても、前半のジャンプで40何位とか50位とかでスタートしなきゃいけないような試合が続いて。けがをしたのがワールドカップデビューの1週間前で「ここからのし上がっていって、世界に名を轟かせるんだ」と考えていたところだったので、思い描いていたトップへの道っていうのが、いきなりスパンと絶たれた感じでしたね。

Q:どのようにして、そこを乗り越えたのですか?

クロスカントリーはいい機会だし、将来的には伸ばさなければいけないものだから、そっちに集中して、とにかく自分の走りを改善するんだっていうところに取り組みました。そこで一気に走力がアップしたんです。大学3、4年生ぐらいでジャンプがまともに飛べるようになってきた時に、その走力とジャンプのバランスが良い状態で高いレベルに上がって、その辺りから表彰台に乗ったり、ワールドカップで勝てたりするようになってきたんです。1回バランスが逆転して、しかも中途半端な逆転じゃなくて、どん底から逆のどん底みたいな感じになった。そのアンバランスさを経験したことが、キャリアにとっても大きなポイントであり、きっかけだったなと思いますね。

Q:挫折を感じた時に、すぐに新たな道に進めたのはなぜですか?

それは、やっぱり「世界一」を見ていたからだと思います。どういう戦い方をしたら、王道を進めるのかって考えた時に、本当のトップレベルでジャンプもクロスカントリーも戦えないと、自分が考えている王道の戦い方はできないなと思ったんです。いずれはやらなきゃいけないことで、いずれはジャンプのところまでクロスカントリーのレベルを持っていかなきゃいけなかった。だったらジャンプが崩れたとしても、やることは変わらないですし、飛べないなら、こっちをやっておいて、まともに飛べるようになってきてから、ジャンプの方向を改善すればいいかなって感じでしたね。現状に対して悲観するんじゃなくて、先を見据えて、そこに向かうためにはどうしたらいいかっていうことを考えていましたね。

Q:立ち止まっても、悲観する必要はないと?

そうですね。自分が行きつきたい場所があるんだったらプロセスはひとつじゃないというか、紆余曲折しても、とりあえず最後そこに、終わり良ければすべて良しで辿りつければいいのかなっていう考えはありますね。

Q:8年連続ワールドカップ3位以内という安定した成績を残されたのも、その時置かれた自分の状況を冷静に見つめ、目の前の結果に左右されなかったからですか?

メンタルのアップダウンは確かに少ないですね。結果に対して一喜一憂することがないので。良い結果だったとしても、悪い結果だったとしても、常に自分があるべき姿みたいなところを考えることで、精神面は安定できる。パフォーマンス自体は、トレーニングの成功、失敗とかによって変わってきてしまうので、成績の上下とか、パフォーマンスの上下動は出てくるんですけど、メンタル自体はすぐ安定できてると思いますね。それが、ワールドカップでトップに居続けられた要因でもあるかなと思います。

Q:誰しも、目標に近づいている実感や、自分自身の成長を感じたくなるものだと思います。渡部さんはどのようにそこと向き合っているのですか?

刺激を自分で作りにいくことを意識しています。大きな刺激じゃなくていいと思うんですよ。生活の中であえていつもと違うことをするみたいな。人間って、無意識的に同じことを繰り返してしまうと思うんです。だから、例えば、「最近右から靴を履くのが多いな」って思ったら、「ちょっと今日は左から靴履いてみるか」とか。自分が意識している、「毎日これを食べよう」と考えているものを、いきなり止めてみるとか。通勤の時に1個前の駅で降りて歩いてみるとか。そういう小さい刺激を意識的に作るんです。

Q:生活の中に小さな変化をつくるだけでいいと?

僕は、1年365日、365パターン違う生活をするように心がけています。そういう、刺激作りをすると、毎日楽しくなると思います。靴を左から履こうが、右から履こうが、仕事には影響ないじゃないですか。でもそれがあると、ちょっと違う気分で仕事に向かえて、「もしかしたら違うアイデアが出てくるかもな」って。そういう感じでいいんです。違う自分をあえて探しにいくみたいなのを、意識的にやってみるってことです。

Q:精神的にも肉体的にもきつい競技なので、勝手に「ストイック」とか「求道者」というイメージを抱いていたのですが、実際のすごく自然体な姿に驚きました。

ストイックって、僕の中じゃ求道じゃないんですよ。道を突き詰めていくって、いろんなものに触れてみてみないと道は進めないと思うんですよね。ただストイックにずっとやってくって、求道になっているようでなってない。昔の剣の達人の人が、剣の振り方について、年老いて氷の上で滑った時に「あ、これか」って思ったというエピソードを聞いたことがあるんですが、自分が本当に求めてることを達成したり改善したりするきっかけって、ストイックなところにはないんじゃないかなって思うんです。突拍子もないとか、自分の予想しないようなところに、本当にやりたいことのヒントって隠れてたりするんで。それを、あえて自分で探しに行くっていう手数の多さが、そのきっかけと出会う瞬間なんじゃないかなと思っていますね。

Q:何も考えずに同じことをやり続けることで、視野が狭まってしまうリスクもあると?

ずっとストイックにやっていたら、多分きっかけを見逃してると思うんですよ。求めていてもすぐに出会えるものじゃないですけど、数打てば当たるっていうのはあると思うんです。1/365だったとしても、自分でその刺激を作りに行くのと行かないのでは、本当に必要としているヒントと出会う可能性は違ってくると思うんです。だから、それが僕はそれこそが求道かなと思ってやってますね。

Q:新しい道を探し続けることが求道だと?

開拓していかないと。ストイックにいっている人って、自分がどこに進んでるかも分かっていないこともあると思うんですよね。壁に当たってることも気づかずに、そこでずっとやってても、それ以上は進めないじゃないですか。だからちょっと視野を広げて、意識的に回り道を探して、どうやったらこの崖の上に登れるかなとか考えるようにしないと、道って作られていかないし、進んでもいけないかなと思うんですよね。

Q:ありがとうございました。最後に、渡部さんの次の目標を聞かせてください。

昨シーズン結果が出たのはオリンピックだけだったんです。ワールドカップはもう本当にボロボロだったんで。なんかそこの悔しさがすごく大きくて。ちょっと、またワールドカップで勝って、勝てる試合を続けていきたいなっていう気持ちが今芽生えてるんで。今シーズンは世界選手権もあるので、そこでメダルが獲れるのかどうかっていうところが、今シーズンに関しては目標ですね。
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PROFILE

渡部暁斗(わたべ・あきと)1988年(昭63)5月26日、長野・白馬村生まれ。3歳からスキー、小4からジャンプを始める。中1から本格的に複合に取り組む。オリンピックは06年トリノから5大会連続出場。14年ソチオリンピック、18年平昌オリンピックと連続で銀メダルを獲得。22年北京オリンピックでは個人で銅、団体でも銅メダルを獲得。ワールドカップは荻原健司と並ぶ通算19勝で、17-18年シーズンは総合優勝も果たした。173センチ、61キロ。

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