Photo by Kondo Atsushi

「「足るを知る」という言葉を思えば、日本は居心地のいい社会になると思う」

真山 仁 #3

今回のアチーバーは、「ハゲタカ」シリーズなどで知られる作家の真山仁さんです。高校生の頃「小説家になる」と決意した真山さんは、同志社大卒業後に中部読売新聞社(のち読売新聞中部支社)に就職。新聞記者、フリーライターを経て、2004年に企業買収の裏側を描いたデビュー作「ハゲタカ」が大ヒットし、一気に人気作家の仲間入りを果たしました。その後も、原発のメルトダウンに迫った「ベイジン」、農薬をテーマに日本の食のあり方を問う「黙示」など、幅広い社会問題を現代に問い続けてきました。小説家として大切にしている言葉は「正しさを疑え」。難しい時代の中で壁を乗り越えるために、何を考え、どう行動すべきか―。真山さんの「WORD」の中から、壁を乗り越えるヒントを見つけてください。今回は全3回連載の最終回です。

Q:小説家というと、締め切りに追われているようなイメージがあります。単行本や連載の執筆と並行して、取材も行われているわけですが、同時に動いている仕事をどのように切り替えているのですか?

私の場合、理想としては、1年半から2年かけて取材など準備をして、連載に1年半ぐらいかけるので、小説を書こうとしてから単行本ができあがるまで4-5年かかります。場合によっては連載後に大幅に書き直すこともあります。なので、同時に数本の小説を準備したり書いたりせざるを得ない。ですから、書斎だけでなく、移動中でもどこでも書きます。何ならカラオケ屋でも、人が歌ってる中でも書けます。まあそれは新聞記者時代の経験も大きいですけどね。

Q:場所を選ばないというのは意外です。

一つコツがあって、これはデビュー作「ハゲタカ」の時から習慣にしているんですけど、作品ごとにサウンドトラックを決めて、そのCDを流している時はこの小説を書く、という状況をつくるんです。だから大好きなCDでも、小説のサントラにした瞬間に、他のときには絶対流さないんです。

Q:音楽で瞬間的に頭の中の世界を切り替えていると?

そうです。パブロフの犬のようなものですね。煮詰まったり、 追い詰められると散歩するんですけど、その時もサントラを流して散歩をするんです。散歩って面白くて、「あそこ、どうすればいいんだろう」って思ってもダメなんです。ちょっと疲れて、なんとなく血が全身を回るようになってきた時に、1回真っ白になるんですね、頭の中が。そしたら急に浮かんでくる。それは多分、ある程度の悩んでる時間と、自分への追い詰め方みたいなのがあって、そこに音が流れているので、何の世界かは自分の中で決まってるので、そうすると出てくるみたいな感じです。あとは、どこででも、電車の中でも、1人でサウンドトラックをヘッドホンで聴いてたら、ノートパソコン開いて書き続けられますね。

Q:自分で仕事のしやすさを整えることで、パフォーマンスを上げていくということですね。

仕事がはかどらない時、何かのせいか誰かのせいにしがちですけど、環境を変えて切り替えた方がいい。あとは神経質にならないことです。どこででもやろうと思えばやれるんです。もちろん自分の空間があって、そこで集中できるっていうのは大切なことではあるんですけど、それをクセづけてしまうと、何かが揃わないと手がつけられなくなってしまう。大切なのは、やる気になればどこででもできるっていう開き直りのような軽い気持ちですね。例えば、会社でしか仕事できない人は家の中に会社と似た環境を作ればいいんです。同じカレンダーやスタンドを置いたり。特に今みたいに自宅やいろんな場所で仕事をしなければいけない時代には、自分が一瞬で仕事モードになったり、逆に瞬間的に止められるツールや手段を持っておいたほうがいいと思います。

Q:THE WORDWAYでは「言葉」を大切にしているのですが、真山さんの人生を作った言葉、大事にしている言葉はありますか?

「正しさを疑え」という言葉を大事にしてます。常識でもいいんですけど、常識とか正しいって、そう言われた瞬間に反論できなくなるんですよ。その一方で、みんな正しい側にいたいんですよね。私の小説家としての仕事は、「いや、正しいは1個じゃないでしょう」って。人の数だけあるし、その正しさにしがみついていると、もしかすると戦争するかもしれないし、もっと不幸になるかもしれない。だから小説っていうのは、正しいは3つでも4つでもあっていいんだよって言うためにあるもんだと思っているので、だから私は常に、「正しさを疑え」って自分の中にちゃんと真ん中に置いて、それでものを見るようにしてます。

Q:真山さんの小説は善悪の答えをハッキリ出さないという風に言われています。二者択一する必要はないという思いから、そうされているのですか?

善悪って難しくてですね、当たり前ですけど、当事者は皆、自分が善だと思っている。そうじゃないと、精神的に辛くて、生きていけない。オセロのように白黒がコロコロ変わりもする。勝ち負けは分かりやすくて、大体負けた人は相手をひどく言うし、勝った人は「負けたからでしょ、そう言うのは」と相手にしない。そう考えると、善悪の議論というのは、極論を言うと不毛な議論だと思います。もちろん、絶対善、絶対悪はありますが、そこを気にしてるとすごい息苦しくなりますし、それより「あなたは自分に正直ですか」、「自分の中の違和感とちゃんと向き合っていますか」、「その違和感が世の中の『正しい』と違ったのであれば、それがなぜかを考えて、これでもいいんじゃないかなっていうぐらい自分に優しくしてますか」と伝えたい。小説の中でも、登場人物たちがそれぞれの正しさをぶつけ合うようにしているのは、読者にも自分ごととして考えてほしいからです。

Q:社会の闇を照らし出す作品に向き合う中で、ご自身の思いはどの程度反映されているのですか?

例えば農薬をテーマにして小説書くとき、当然ながら農薬に対する私の考えはあって、必要悪とは言わないけど、農薬なくして、この狭い日本で効率よく農業を営むのは難しいので、無下に不要とか怖いっていうのは違うと思うんですね。他のテーマもそうですが、だいたい善と悪は両方半分ずつぐらい自分で信じてます。だから常に、1つの問題に複数の価値観を持ってる人を同時に並べるんですね。例えば「農薬は必要だ」と言う人と、「危険だから許せない」と言う人の両方に視点を持たせることによって、読者がどちらの立場だったとしても、「そうそう、その通り」と思わせる一方で、相手側の視点を通じて「なるほど、こういう人はこう考えてるのか」と気付いてもらえる。考えてる内面の片鱗を見せる事によって、読んでる人に考える、逆に吸収する余裕を残したい。ですから私の小説はグレーしかない。私自身も自分の価値観の白黒は滅多につけない。それがあると説教臭くなりますし、読者にばれます。

Q:お話を聞いていると、幼少期に感じた自身の長所をベースにして、小説に向き合う姿勢が一貫しているように感じます。小説家になろうと決めた時から、描きたい根底のテーマは変わっていないのですか?

そうですね。ただ、やっぱり年齢を重ねていくとですね、価値観は変わっていくんですよね。多分、許せないことが減ってくるし、その一方で許さないことに対する執着が強くなるかもしれないし。あとは、変な話ですが、失うものはないから自分が犠牲になってでも、ここだけは曲げないでちゃんと言わなきゃいけないみたいな、腹をくくるようになるんだろうなって。まだそこまで100%いってませんけど、その意識はありますね。だから、「自己犠牲してる場合かよ」って思う一方で、「いや、ここで自分が言わなきゃ、誰も言わないんだったら、ここお金儲けじゃなくてやらなきゃ」みたいなことが出てくるようになってきているんですよね。年齢とともに妙な狭い価値観にしがみつかないで、いろんな価値観をどうやって自分が吸収できるかっていうのは、多分これからも必要だろうなと思っていますね。

Q:小説家に限らず、年齢とともに変化する価値観に素直に対応していくことが必要だと?

よく言われますけど、自分にとって自分は主人公なわけですけど、社会にとって誰が主人公かっていうのとは違う話ですよね。20代から60代ぐらいまでの人たちが1つの組織で、社会の中で動いていく。当然ですが、20代には20代の役割があり、50代には50代の役割があるわけです。50代の人が「俺はいつまでも若いぞ」って言って、20代のことをやられたら人は育たないわけです。そのエネルギーは若者を育てる側に使って欲しいって思いますね。だから、やっぱり「足るを知る」ってね、日本人はかっこよく言いますけど、「足るを知る」人が減ってきている気がするので、私はやっぱりもっと若い子に挑戦させたいし、だからこそ、「挫折は嫌です」っていう若い子が増えてきたことは、すごい危機を迎えていると思うんですね。安全ネットを豊かにしてあげれば、挫折しても全然構わないわけで、そこがシビアになっているからそういう言葉が出てくると思うので、だからやっぱり年齢相応に「足るを知る」って言うことを思い出すだけで、随分日本って居心地のいい社会になると思いますね。

Q:貴重なお話をありがとうございました。今後も小説を書き続けたいという思いは変わらないでしょうか?

そうですね。何歳まで生きるかわからないですけど、書けなくなったらいつ死んでもいいと思うようになると思います。
この記事をシェアする
THE WORDWAYでは、読者から、アチーバーの記事を読んだ感想を募集しています。記事を読んだ感想、「昨日の自分を超える」トリガーになったこと、アチーバーの方々に届けたい思いなど、お送りください。いただいたメッセージは、編集部から、アチーバーご本人に届けさせていただきます! アチーバーに声を届ける

PROFILE

◆真山仁(まやま・じん)1962年、大阪府生まれ。1987年、同志社大学法学部政治学科卒業後、新聞記者として中部読売新聞(現・読売新聞中部支社)に入社。89年、同社を退社し、フリーライターに。2004年、企業買収の世界を描いた「ハゲタカ」でデビュー。同作品はシリーズ化され、18年にはテレビ朝日系で連続ドラマ化。今年6月に沖縄の闇に踏み込んだ最新作「墜落」、9月には岩波ジュニア新書の書き下ろし「”正しい”を疑え!」を発表した。

HOW TO

THE WORDWAYは、アチーバーの声を、文字と音声で届ける新しいスタイルのマガジンです。インタビュー記事の中にある「(スピーカーマーク)」をクリック/タップすることで、アチーバーが自身の声で紡いだ言葉を聞くことができます。

RECOMMEND

あわせて読みたい

THE WORDWAY ACHIEVERS

隔週月曜日に順次公開していきます