Photo by Kondo Atsushi

「三振は三振でいいけど、見逃し三振だけはしたくない」

ハリウッドザコシショウ #1

今回のアチーバーは、「誇張モノマネ」など、独創的な芸風で人気のハリウッドザコシショウさんです。高校卒業後に吉本興業の大阪NSCに入学し、1993年に静岡茶っぱとのコンビ「G★MENS(ジーメンス)」としてデビュー。同期の陣内智則さん、中川家さん、ケンドーコバヤシさんらがスポットライトを浴びる中、長い下積み時代が続きました。99年には所属事務所を辞めて上京。2002年にコンビを解散し、ピン芸人になると、2016年の『R-1ぐらんぷり』で優勝し、42歳にしてついにブレークを果たしました。自らの信じた道を歩み続ける生き方、結果を残すために必要な準備の大切さを、飾らないザコシショウ流の「WORD」から感じてください。今回は全2回連載の第1回目をお送りします。

Q:ザコシショウさんの人生を大きく変えた2016年の「R―1ぐらんぷり」優勝は芸歴24年目でのことでした。遅咲きのキャリアに思うのですが、あらためて、夢を追い続けた年月、「売れるまで」をどのようにとらえてきたのでしょうか?

よくね、2016年のR-1で優勝した時に、「苦しかったでしょ」みたいなことを言われるんですよ。すごく売れてなくてね。20数年売れてなくて、「大変でしたね」みたいなこと言われるんですけど、全く大変じゃなくて。やりたいことを、ずっとやってたから、特にしんどいなと思ったこともなくて。バイトはしんどかったですよ。バイトはしんどかったんですけど、「売れないなー、しんどいなー」と思ったことって、そんなにないんですよね。

Q:なぜ、「苦しいな」とか「売れないな」とは思わなかったのでしょうか?

好きなものを職業としてやれてない人が多い中、僕はずっと成立はしてなかったですし、追い求めていただけなんですけど、それをやれていることに対して幸せでしたから。だから「あー長年売れてないな」っていうことはなかったですね。あとは仲間がいたからね。同志と言うかね。1人だったら苦痛だと思いますよ。孤独は苦痛だけど、一緒に志す、同じ釜の飯と言うかね。そういう人がいっぱいいる中で、毎日そいつらと遊んだり、毎日「こういうこと面白いよな」と言ったり。売れなくても、毎日が楽しかったですよ。理由は、そういうところですかね。

Q:いつスポットライトが当たるか分からない中で、年齢や将来を考えたりした時に不安などはなかったのですか?

それは、多少ありましたよ。ただ、長い時間かかったんですけど、とんとん拍子にはいってるんですよ。例えば病気で休んだとか、例えば事件に巻き込まれたとかもなく。すごく緩やかですけど、着々と。下ることなく、いってたことはいってたんで。

Q:緩やかであっても、上昇していれば、いつかは必ず売れると信じていたのですか?

絶対売れてやるとは思ってたんですけど、本当に売れるなんて、これっぽっちも思ってなかったですからね。「売れてやるぞ」が第一希望じゃなかったかもしれないですね。こういう自分のお笑いのできる環境を、ずっと追い求めてたっていうところですかね。

Q:ただ、ぶれずに自分のお笑いを追求した結果、R―1優勝につながりました。思いを貫くには勇気も必要だと思います。ザコシショウさんのような生き方に憧れ感じる人も多いですが、「やりたいことをやり続けよう」というのはどんなきっかけで思ったのですか?

R―1で優勝して「お前かっこいいな」と言われたりもしたんですけど、何でそうしないのかと俺は逆に思っちゃうんですけどね。なんで自分に不得意なところに挑戦するのかって僕は思いますね。自分も、(2002年に)コンビを解散した時に、1回辞めようかなと思ったことがあるんですよ。当時はR-1とかもなくて、コンビの人がピンで活動するっていう文化もなくて。ただ、いざ解散したらネタがもうできなくて、緊張しちゃって、手も震えるし、足も震えるし。そんな状態だから、芸人を辞めて、漫画も好きだったから、漫画家をやろうかなと思ったんです。でも、結局それもうまくいかずに、漫画家もダメ。じゃあ何をするか、今できるものは何かなと思った時に、得意なものですよね。フラットで見た時に何が一番、即戦力でやれるかって言ったら、10年やっていたお笑いなんですよね。それは、自分で納得いく職業でもあるし。お笑いをやりたくてもやれない環境の人もいっぱいいるから。お笑いをやれてるってことは幸せだなとその時に思ったんです。

Q:キャリアを振り返ってみると、結果が出ずにリストラのような形で辞めた吉本興業時代の経験も大きかったと聞きました。同期には中川家さんやケンドーコバヤシさんら、そうそうたるメンバーがいたわけですが、吉本興業を辞めた前後で考え方に変化はありましたか?

天才ばっかりでしたからね、昔は。俺も、最初は天才だと思ってたんですよ、本当に。だからダラダラダラダラやってたんですけど。吉本を辞めてからですよ、天才じゃないなと思い始めたのは。陣内とか、ケンコバとか、ジュニアさんとか、(中川家の)礼二とかね。あそこらへんはもう超天才。黙ってても売れるようなメンバーだけど、結局そいつらと同じような事をやってたら、売れなかったわけです。

Q:吉本興業を辞めた後は、ワタナベエンターテインメント、フリーを経て、現在のソニー・ミュージックアーティスツの所属となりました。環境が変わったことで、自分自身を客観視できたということですか?

あれだけ恵まれた環境じゃなくて、恵まれてない環境に突っ込まれたっていうね。前だったら用意された劇場も自分で用意しないとだめだし、出番も用意されてたんですけど、別に出番も特に用意されることもない。劇場がないですからね、吉本以外は。だから自分で全部やってかなあかんなっていう状況になったからですかね。

Q:天才じゃないということに気付いたことで、お笑いに対する姿勢も変わったと?

吉本の時はね、トークライブやってくださいって会社に言われて、「分かった。やるわ」って言うじゃないですか。普通だったら、話すことをいろいろ考えていくんですよ。ただ、吉本の時は話を考えるとかゼロでしたからね。で、何も話すことがないから、適当に話してスベる。で、そのスベったのをお客さんのせいにするんですよ。

Q:そこに、当時の売れない原因があったと?

そういう売れてない人って誰かのせいにするから。会社を転々としてる芸人とかいるじゃないですか。結局、僕もそうだったのかもしれないですけど、会社のせいにしてるんですよ、自分が売れてないのを。そうじゃなくて、ただ自分が面白くないから、売れてないだけ。「会社が推してくれないから、じゃあ他の事務所行くか」っていうのは大きな間違いで、やっぱり、面白くないのに売れるってことはまずないです。相方のせい、事務所のせい、客のせい、同期のせい。売れるわけないですよね、そんなんじゃ。

Q:ビジネスの世界でも、自分の能力にふさわしい仕事ではないとか、結果が出ない理由を会社や環境のせいにしてしまうケースは少なくありません。

僕、会社員になったことないから分からないですけど、怒られない感じのやつって、多分、妥当妥当な感じで言ってるんじゃないですか。妥協案ですよね。例えばね、勇気を振り絞る人がいて、プレゼンで意見が通ったとするじゃないですか。そこで、「よくお前通ったな。俺もそれな、思いついたんだけどな」って言う人っていると思うんですけど、言わなきゃ同じですからね。多分その人は勇気振り絞って、自分は絶対これがやりたいから、怒られるかもしれないけど、掛け合ったんでしょう。自分から行動を起こさないと、何も起きないんですよ、結局。

Q:先ほど、コンビを解散した当初は手足が震えたとうかがいましたが、逃げ場のないピン芸人として生きていく覚悟を決めたことで、自分がやりたい芸を貫く勇気を持てたということですか?

そうですね。例えばコンビだったら、相方がウケたら僕の手柄じゃないじゃないですか。ピン芸人って自分がウケたら、自分の手柄なんですよね。それって自分がウケたら、自分の手柄が入ってくる、「等価」で入ってくるっていうのはめちゃくちゃ嬉しくて。僕はコンビよりピンの方が向いてるなと思ったんです。

Q:「1つのことを続ける」という意味では、09年に始めた動画配信もそうです。ブレークした現在も毎日投稿を継続されていますが、YouTubeが流行する以前から12年以上、どんな思いで続けてきたのですか?

最初は、暇だった時に、たまたまデジカメあったんですよ。それをよく見てたら動画が取れるんですよね。で、事務所にアメーバブログを渡されてて、それを日々更新してたら、動画を載せるサービスがあったんですよ。それで、ちょうどいいやと思って、時間あるからって始めたんです。

Q:動画投稿の先に、目指すところがあったのですか?

冠番組をやっぱりやりたくて。(ダウンタウンの)松本さんの、「1人ごっつ」っていう番組がすごく好きで。あれって、30分の中にいろんな企画があって、大喜利、ひとりコント、ひとりフリップみたいなネタもあったし、1人の企画もあるし。これってすげぇなと思って。この短い企画の数珠繋ぎっていうテレビ番組が、今もやりたくて。それが目標のひとつなんですけど、それを自分の中で、自分の笑いっていうものができるなと思って。自分で動画撮って、自分で編集して、載せられたら、もうそれがもうメディアじゃないですか。そのメディアを毎日更新するっていうルールでやってますね。

Q:「冠番組」という夢への小さな積み重ねが、芸を磨くことになったと?

それはありますね。なんかムカつくんすよ。その芸人とかね、「ブログ始めました、毎日更新できたらします」って言って、公の場でそうやって発言しといて、三日坊主で、自分の欲求の為に破り散らすっていう芸人いるじゃないですか。それが許せなくてね。プロ意識の欠片もないじゃないですか。それは違うなと思ってたから、言ったからにはやるって言うところですかね。R-1優勝した時に、「まだやんの?」って声もあったんですよ。「仕事忙しいし、もう辞めたら」って声も多数もらったんですけど、そこをやめちゃうとね。今までずっとやってたルーティーンをやらなくなるっていうことは、怠けるってことじゃないですか。っていうことは、第一線じゃなくなる。ちょっと退いてますよね、それってね。

Q:ベースの部分を変えて、自分を甘やかすのが嫌だということですか?

ライブでずっとやってたのが、それがテレビの仕事になったんですけど、 テレビになったからって、このいつもの訓練と言うか、それを怠ると絶対に自分が面白くない人間になるっていうのは、分かってたんで。そこは怠らないようにというか。そりゃ苦しいですよ。朝から晩まで仕事やって、次の日もめちゃくちゃ早いと。だから手抜きにはなっちゃうんですけど、毎日やるっていうルールは守って、手抜きの動画を敢えて「手抜きだよ」って言ってやってますけどね。でも別にYoutuberじゃないからね。それでお金を稼ぐっていう目的でやってないから。別に「必ず見てね」とは僕は言ってないわけですよ。僕の日々の訓練で、それを見るのは自由ですし、お金取ったら毎日絶対に面白いことをやらないといけないとは思うんですけど、別にお金取ってるわけじゃないし。日々の素振りを見たいなら見てくださいってことですよ。

Q:多忙な中でも、継続することで得られている効果、実感のようなものはありますか?

例えば、頭の中でギャグができただけだと、自分でやってないと、それはもうわかんないですよね。脳内トレーニングだけでは無理なわけで。例えばイチロー選手も「日々の平常心がどんだけ平常心であり続けられることが重要だ」みたいなこと言ってましたよね。それですよね。 普段以上の火力を出さないといけない場面だと、それは日々こう素振りしてないとそれは絶対に出来ないわけで。向上委員会とかドキュメンタルとかは、常に剛速球が来るわけですよ。それを常に打ち返さないといけないから。それは全力で三振することもありますよ。三振は三振でいいけど、見逃し三振だけはしたくないなっていうとこですね。

Q:アイデアはあるけど、行動に移せないという人は少なくありません。実践の場でそのアイデアを使ったり、考えをアウトプットしていくために意識していることはありますか?

自分では面白いなと思っても、いざやってみたらバカつまんないってことあるからね。で、それを普段から人目に晒さないと、これは面白くないとか、面白いとかは分からないし、面白くないなと思っても、出したら面白かったって場合もあるし。受け手にもよるからね、そういうのってね。でも、自分の中で面白いなって思うやつを、やっぱりやりたいから。そこの努力というかは惜しまないですね。夢にまで見たさんまさんとか、ダウンタウンさんとかと絡めるんだったら、「面白いな、ザコシショウ面白いな」と思われたいし、どんな手を使ってもそういう人に勝ちたいですね。「ずるいな」って言われても別にいいからね。

Q:アウトプットしていくことも訓練だと?

そうですね。大事なのは、我慢しないというところですかね。それって1人じゃできないから。同志と言われる人がいないと、話相手ですよね。だから同じ、自分のことをわかってくれる環境が整ってないと、やっぱそれは難しいと思いますよ。僕の場合は、自分のやりたいこと、話したいこと、自分の好きだと思ってることを、本当に好きと、同じものを好きと思ってる人に、友達として巡っていけてたんですよね。プロレスだとか漫画だとか、おもちゃだとかね。同期の中で一番の親友、ライバルのケンコバ(ケンドーコバヤシ)と話が合ったところも結局そういうとこですからね。だから、こう思ってんだってことを素直に言った方がいいですね。今そこでそんなこと言う場じゃないだろっていうようなこともあると思いますけど、そんな人生つまんなくないですかって思うんですよね。

ハリウッドザコシショウさんの「THE WORDWAY」。次回♯2は、破天荒な芸風のザコシショウさんが「努力」について熱く語ります。売れるために欠かさなかった準備、信じる道を進むための原動力とは―。夢を追いかけるために大切な「言葉」があります。

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カレン星人さん

師匠へ
自分は師匠をドキュメンタルで見た日から、師匠の虜になりました。最初はイかれ狂った芸風で何も考えずに、マシンガンギャグをしているかと思っていましたが、youtubeやワールドウェイのインタビューをはじめとした師匠の考えていることが知れる媒体を通じて、師匠の真面目さにも心を惹かれました。自分は医者になることを目指していて、日々辛いなこんな勉強して何になるんだろうなと思う日が多々あります。でも、この記事の通り、勉強を面白いからやっているんだ、自分の意思でやっているんだ。だから、投げ出すのは違うと改めて思えました。芸人として師匠のこと大好きです。また、ひとりの人間として師匠のことを尊敬しています。これからも師匠が出ている番組は必ず見ます。ナギザコ毎週最高です!!!拙い文章でしたが、読んでいただきありがとうございました。

PROFILE

ハリウッドザコシショウ 1974年2月13日生まれ。静岡県出身。血液型A型。1993年に静岡茶っぱとのコンビ「G★MENS(ジーメンス)」としてデビュー。ピン芸人として、2007年スタートの「あらびき団」(TBS)で活躍し、「キングオブあらびき」の称号を得る。2016年「R-1ぐらんぷり』優勝。Amazon Primeの「HITOSHI MATSUMOTO Presents ドキュメンタル」でも3度優勝。自身のYouTubeチャンネル「ザコシの動画でポン!」を連日更新している。

HOW TO

THE WORDWAYは、アチーバーの声を、文字と音声で届ける新しいスタイルのマガジンです。インタビュー記事の中にある「(スピーカーマーク)」をクリック/タップすることで、アチーバーが自身の声で紡いだ言葉を聞くことができます。

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