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Photo by Kondo Atsushi
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「自分だけがいい思いをしてはいけない。師匠、先輩から受けた恩は後輩に返せばいい」
岩澤 資之 #3
今回のアチーバーは、すし職人の岩澤 資之(もとゆき)さんです。岩澤さんは、大学卒業後にIT系企業でシステムエンジニアとして勤務していましたが、学生時代にアルバイトをしていたすし店の楽しさが忘れられず、25歳の時に一念発起。会社を辞め、すし職人の世界に飛び込みました。六本木の「蔵六鮨」、赤坂の「すし匠 齋藤」で15年間修業を積み、2016年3月に独立。「不動前 すし岩澤」を開業すると、3年目の2019年にミシュラン1つ星を獲得するなど、多くの食通をうならせる人気店へと成長させました。夢をあきらめない強い覚悟、修行を通して学んだ人を育てるポイントとは―。今回は全3回連載の3回目です。
Q:ビジネスに限らず、指導や育成方法について議論される機会が増えているように感じます。岩澤さんは長い修行時代を経験し、現在はご自身でお店を経営されていますが、お弟子さんに「教える」上で意識していることはありますか?
自分の経験談として話すようにしていますね。成功体験ばかりだと、他の人も聞きたくなくないでしょうけど、自分もこうやって壁にぶつかったとか、失敗したけどそれを乗り越えてきたっていうのは伝わるかどうかわからないですけど、話すことはありますね。あとは、お客さんにもよく聞かれ話でもあるので、横で聞いていて、それで少しでも感じてもらえばというかね、参考にしてもらえればいいなと思っています。Q:今は目的に最短距離で進むことが好まれる時代です。修行において、仕込みや、実際に魚を捌くことは一人前になるステップとしてイメージしやすいのですが、挨拶や掃除などは1人前になるためにどのような面で影響するのでしょうか?
それは全部ができるようになって、分かることだと思うんです。例えば、小骨を1本抜くにしても雑にやってしまうと、料理の美味しさの満足度が下がってしまう。それと同じで、掃除をきっちり隅々までやらない人が魚の仕込みをきっちり丁寧にできるわけがないんですよ。誰も見てないところでも手を抜かないっていうのは、結局料理の味にも直結するんです。掃除をやったって魚捌くのには関係ないって思うんですけど、細かいところで繋がっているというか、それは全部をできるようになったら分かることなのかなと思いますね。Q:日常の所作や考え方が、味や結果になって表れると?
そう思います。寿司屋は、カウンターなので「晒しの商売」って言うんですけど、全てを晒すというか、考え方、生き方が出てしまうんですね。2万円も3万円ももらうようなお店だと、お客さんも、仕事ができる方や人間的に魅力がある方ばっかりなので、ごまかしがきかないんですよ。そういう細かいところを普段からやっておかないと、この場では全部バレてしまうわけです。そういうのが見えてしまうとお客さんは二度と来なくなってしまいますから。Q:その考え方や生き方を磨くために、岩澤さんが普段から意識していることはありますか?
嘘をつかないとか、知ったかぶりのようなことをしないということですね。分からないこと、知らないことは正直に言います。着飾っても、大きく見せようとしてもバレてしまうので、素の自分でいることを心がけています。修行時代は、「やってますアピール」のようなこともしていたと思うんですけど、カウンターに立ってお客さんと接するようになってからは、本当に誠実に、素直に、そういう気持ちでやっています。Q:そうした考え方は、お弟子さんにも伝えているのですか?
言うと嫌な顔をするので、あんまり細かくは言わないですけど、伝えるようにはしています。辞められると困ってしまうというか、お客さんの満足度も1人では絶対にできない仕事をやっているので、顔色を伺いながら弟子には接しています。でも、本当にそこは葛藤している部分でもあって。言わないことが本人のためには絶対ならないので。重箱の隅をつつくようなことはしないですが、僕も、「何でこんなことまで言われないといけないんだ」と思ったことが結局今に活きているので。それを伝えたいって思いはありますし、厳しく接したいという理想と現実のギャップを感じながら、やっていますね。Q:岩澤さんは「厳しかった」というお店で7年、「怒れない親方」のもとで8年修行されたという話でした。2つの異なる教え、環境について、今あらためてどのように感じますか?
今となっては厳しく言ってもらってよかったなと思います。自分では失敗と思わなかったことも、言ってもらうことによって、ダメなんだというのを理解できますし、どんなことが起こっても立ち向かえる精神ですよね。最初の店の親方に「修行は精神修行だ」「魚を捌くなんて何年もやっていれば誰でもできるようになるから、心を鍛えるのが一番大事だ」と言われて、それがあったからコロナとかがあっても折れない心を作ることができたのかなと思いますね。Q:2店舗目の「すし匠」は仲間を大切にしたり、褒めて伸ばす雰囲気だったそうですが?
すし匠では気持ちの部分ですよね。すし匠の先輩は独立して、みんな成功しているので、この考え方がお客様には受け入れられているというか、合っているのかなと思いますね。 究極のところ、美味しい美味しくないよりも、お客さんが「この人いいな」って思えるかどうかが寿司屋は大事なポイントだと思うんです。あまり美味しくなくても居心地が良かったり、楽しかったりするとまた来てくれるけど、美味しくても、居心地が悪かったり、感じが悪かったなと思ったらお客さんは来てくださらないので。イタリアンとかフレンチとかはシェフとあまり話さないところもあるから、美味しいものが出ていれば満足する点もあるんですけど、寿司屋は本当にそこが一番大きな違いで、「人を食べに来る」じゃないですけど、そこが学んだポイントかなと思いますね。Q:貴重なお話をありがとうございます。最後に岩澤さんの今後、目指す先を教えてください。
恩返しじゃないですけど、先輩・師匠には恩返しができないので、自分の受けた技術や教えを後輩に伝えるというのが職人の使命だと思っているので、後輩を育てたいというか、親方を育てたいですね。そこが今の大きな目標の一つです。Q:親方を育てたいというのは、独立する弟子を作りたいということですか?
そうです。雇われたままだと、厳しいだけ、辛いだけ、収入の面に関しても、やりがいに関しても全然ない世界なので。もちろん、独立しても大変なんですが、やりがいや楽しさを味わって、職人の考え方を残していってもらいたいですね。Q:職人の考え方とはどのようなものですか?
技術もそうですが、江戸前の技というのは古くは鮒寿司だったり、江戸時代に江戸前寿司になって、脈々と繋がれてきたものなんです。「寿司」という漢字はたくさんありますが、魚を旨くする「鮨」っていう字が僕は好きで、魚を旨くする、美味しく食べられる技術、あとはその考え方ですよね。それこそ掃除とか挨拶を大切にするとか、みんなで働くとか、そういう職人のいい考え方、技術文化を残していきたい。そのために、弟子を育ててはいなくなって、また育てるというのは宿命なんです。自分もそういう風に親方にしてもらったので、自分だけがいい思いをして終わってはいけない。親方の言葉なんですけど、「親方になっても親方修行のはじまり」なんですよね。それが結局、自分の成長につながりますし、先輩、師匠から受けた恩は後輩に返す。それでプラマイゼロにしようっていうのが職人の考え方だと思っています。THE WORDWAYでは、読者から、アチーバーの記事を読んだ感想を募集しています。記事を読んだ感想、「昨日の自分を超える」トリガーになったこと、アチーバーの方々に届けたい思いなど、お送りください。いただいたメッセージは、編集部から、アチーバーご本人に届けさせていただきます! アチーバーに声を届けるPROFILE
- ◆岩澤 資之(いわさわ・もとゆき)1975年、神奈川県生まれ。立教大学卒業後にIT系企業に就職し、システムエンジニアとして1年半勤務。25才のとき、学生時代にアルバイトしていたすし店の楽しさが忘れられず、会社を辞めてすし職人の道へ進むことを決意。六本木「蔵六鮨」、赤坂見附「すし匠 齋藤」で15年間修業を積み、2016年3月に不動前駅徒歩6分の場所に「不動前 すし 岩澤」を構え、独立する。食好きが足しげく通い、2019年にはミシュラン一つ星を獲得した。
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