Photo by Kondo Atsushi

「羽生さんも、藤井さんも、頂点にいる方ほど貪欲に次のステップに進もうとしている」

深浦康市 #2

今回のアチーバーは、棋士の深浦康市九段です。長崎県佐世保市出身の深浦さんは、小学校時代に将棋の魅力を知り、プロを目指すことを決意しました。卒業後に単身上京し、故・花村元司九段に師事。日本将棋連盟のプロ棋士養成機関である「奨励会」で腕を磨くと、91年にプロ入り(四段昇格)を果たしました。93年の全日本プロトーナメントで優勝、07年には第48期王位戦で羽生善治名人から王位タイトルを奪取するなど、人気と実力を兼ね備えたトップ棋士として現在も活躍を続けています。自分の弱さと向き合い、1つの道を歩み続けてきたことで見えた境地は「英断」。迷いを絶ち、一歩を踏み出すために必要なものとは何なのか。今回は全3回連載の2回目です。

Q:深浦さんは2007年の王位戦で、羽生善治名人に4勝3敗で勝利し、初タイトルとなる王位タイトルを奪取しました。35歳での初タイトルは当時史上4番目の遅さでした。 幼少期から夢に見た待ちに待った瞬間だったと思うのですが、どのような思いでこの一戦に臨まれたのですか?

私が初めてタイトル戦に出たのは、(1996年の)24歳の時で、その相手が(当時)全冠制覇の羽生七冠だったんです。それだけすごい羽生さんに対して、自分はまだ五段で、キャリアも全然違うわけなんですけれども、でもタイトル戦に出たからには自分もそれだけの実力は備わってきたということで、やっぱり挑戦者らしく戦いたいし、その時点まで2勝2敗でしたので、自分もやれるものはあるんだと思って戦っていったんです。やはり準備はしました、しましたけど、やっぱり24歳でちょっと考えが至らなくて、奇策に走ってしまったんです。それが、羽生さんの強さを反対にピックアップしてしまった。自分の一番強いところを出せなかったんですね。結局1勝4敗で、一局は勝てましたけど、全体を見れば大差でしたね。

Q:その奇策に出てしまった経験が、後のタイトルがかかった再戦時に影響を与えたと?

そこで自分の立ち位置というか、羽生さんに対して足りないものが分かって、それを課題としてコツコツやっていったんですが、もちろんその将棋界には羽生さん以外にも多くのトップ棋士がいて、タイトルに挑戦するというのは簡単なことではないわけです。次のチャンスが訪れたのは35歳で、もう11年が経ってました。そこでやっぱり11年前の自分の悪いところをしっかり反省して、同じ轍を踏まないようにということは考えました。その時の羽生さんもやっぱり強くて、ただつけ入るポイントがあるとすれば、羽生さんが全てのスキルが高いことで、対戦相手と差がついていて終盤の競り合いがなかったんですね。なので、そこが自分のつけ入るポイントかなと分析をして、事前準備として終盤の競り合いに特化して日常的に取り組んでいったわけです。すると、タイトル戦でも非常にうまくいって、逆に今考えるとそこが自分の強みになってたと思うんですよね。羽生さんも終盤は強いんですけど、羽生さんと互角に戦えて、結局4勝3敗で奪取できた。やはり自分と羽生さんとの差がわかった24歳の時から、35歳の時はしっかり分析して取り組んだことが、タイトル奪取に繋がったのかなと思いますね。

Q:周到な準備が11年後に訪れたチャンスでタイトル獲得を引き寄せたのですね。

そうですね。そういう意味でも、負けた時の悔しさというのも、それは自分に対して怒ってるんですよね。事前準備をしっかりやったつもりでも、やっぱり穴があって、こういうとこをもっとしっかりやっとけばよかったなとか。今はAIがありますので、もっとしっかり調べておけば対応に苦しまずできたなとかですね。勝負所で自分としては本線で考えていたけれども、パッと目が移ったときにいい手が見えることもあるんです。それで、ふっとそっちを指したら、敗色だった時というのもある。色んな思いが一局に詰められてるいので、そういった自分が悔しいですよね。相手に上手く差された分には悔しさは小さいんですけど、自分のミス、自分の至らなさは悔しいですね。

Q:準備という面では、AIは将棋界とは切り離せない存在だと思います。中継では画面上にAIによるどちらが優勢かを示した「勝率」が表示されます。ベテラン棋士の方がなかなかAIを受け入れられないという話もありましたが、深浦さんはどのように向き合ってきたのですか?

人間対コンピューターというのが10年ぐらい前にあって、人間が負かされているので、将棋界として受け入れざるを得ない部分はありました。若手棋士は自分のスキルアップのためにAIを使い始めましたし、実際に公式戦でAIが指した手を人間が指して勝ったりするんですよね。私の場合は、導入しない方が今までの自分らしい将棋を保てるということと、今の現状とで揺れたんですが、ずっと受け入れないでやるとどうしても発想が古臭くなってしまいますし、今の若い人たちと練習将棋とかでも対等にやっていきたいので、そういった共通言語が欲しかったというのもありますよね。古臭い頭だと今の若い人に対等にできませんし、やっぱりAIを取り入れて自分としてもスキルアップを図りたいという気持ちはありましたね。

Q:いかに有効に使えるかが大事だと?

そう思います。今は、事前に自分の得意な戦法をAIにかけて、AIに教えを乞うという構図なんですよね。それをその人間同士の練習将棋とか公式戦で試してみる。それによってAIの手が人間の将棋に蔓延するわけです。あの人はこういう手を指してきた、きっとAIの手だから自分も研究してみようとか、他の人に対局に恣意に試してみようとか、そういう風に広がりを見せてだんだん研究範囲が広がっていく。そういった現象が若手中心にありますし、面白いなと思います。ただAIはなぜその手を指すのかって教えてくれないですし、文章化されないので、自分が推測するしかないわけです。AIに教えられる環境がどんどん整ってきてる中で、それをいかにスキルアップに繋がられるかが、今の将棋界の現状だと思いますね。

Q:幼少期負けず嫌いな性格だったというお話でしたが、プロとして実績を残していく中で、「負け」との向き合い方に変化はありましたか?

今でも負けた後はめちゃくちゃ悔しいです。悔しいんですけど、ある時に自分の悔しさの期間は2日間っていうのが分かったんです。逆に、その間は悔しくて何をやってもダメなんですよね。なので、時間が過ぎるのを待ちます。悔しくて寝られなかったり、お風呂に入って、負けた夜にお風呂に入ってお湯を叩いたり。自分は本当に至らないんですけど、負けた日には反省できないですね。次の日にしっかり分析して、次に繋げる。3日目からもうケロッとして次に向かえるので、もうそういった周期がだんだんわかってきたので、もう当日と次の日はもう何やってもダメなんで、時間が過ぎるのを待ちます。

Q:これだけ実績を残しても心から悔しいと思えるのはなぜでしょうか?

やっぱり将棋が好きだし、将棋のことを分かりたいと思いますし、そういうとこに尽きますかね。やっぱり寝ても覚めても、今でも考えることは一緒で、強くなりたいっていうのが原点かなと思います。もちろん、タイトルを獲った時、防衛した時は達成感はありますし、応援してくれた方々と喜びを分かち合いたいですが、また次の戦いがありますから。今の将棋のトップ棋士は藤井聡太さんですが、藤井聡太さんも6冠、7冠とタイトルをどんどん増やしてますけどあまり喜んだ様子がなくて、次の課題を見つけたり、将棋やった後も反省点を見つけて次に繋げたりっていう。羽生さん、藤井聡太さん。頂点にいる方ほど貪欲に次のステップに進もうとしているので、我々は決して満足できないですし、やっぱり今の藤井聡太さんとタイトル戦で戦ってみたいとも思いますし、戦ってもし勝てたらどういった 世界なんだろうなっていうことも想像して、ずっと対局してますね。

Q:トップに立つ人には理由があるということですね。深浦さんから見て、羽生さんと藤井さんの違いはどこにあるとお考えですか?

そうですね。羽生さんは昔から多彩な戦法、多彩な技を持つオールラウンダーで、いろんな戦法のスキルが高い方なんですよね。ですので、羽生さんと当たる、羽生さんとタイトル戦を戦うという時には、事前にいろんな戦法の可能性を考えて用意しなくちゃいけないんで、 途方もなく時間がかかるって事がありましたね。逆に藤井聡太さんはスペシャリスト。1つの戦法を深く掘り下げてやっています。そして、藤井さんが唯一無二だと思うんですけど、間違えないんですね。 今、Abemaさんとか中継でやってますけど、AIが示した手をほぼ指してくる。指してくるってことは、勝利に向かってずっと進んでいるってことなので、相手の対戦者は間違えて少しずつ差が開いてくるんです。これを「藤井曲線」って言うんですが、そういった現象を自分も視聴者の方も何度も目にしてるので、本当にこの間違えないっていう棋士は唯一無二で、本当に自分としては驚きの方が将棋界に出てきたなっていう思いがありますね。

Q:将棋の強い、弱いというのはどこで明確に差がつくのでしょうか?

そうですね。やっぱり丁寧に取り組めるかどうかだと思うんですよね。今の藤井聡太さんの対局姿を見ても、やっぱり20歳で六冠、七冠獲る方なんで、少し慢心が出てもおかしくない。ただ、藤井聡太さんっていう方のすごいところは、本当に手を抜かないで、どんな時も全力投球で、時間もギリギリまで使いますし、決して油断した部分を見せないのが今の強さだと思うんですよね。そういったところが大きいかなと思います。

Q:勝負に対して一切の隙を見せない姿勢が、絶対的な強さにつながっているということですね。

そう思います。格下相手にちょっと手を抜いても大丈夫かなとか思うと、自分に跳ね返ってきますよね。将棋界の大先輩の大山先生が言われた言葉なんですけど、 「相手を甘く見ることは、自分をも甘く見ることになる」という名言があって、自分もそれを肝に銘じて戦っているんですけど、ビジネスシーンでもそういったことは当てはまると思いますし、やはり事前に準備できるものであればしっかり取り組むべきだと思いますし、いろんな想定外のこともあると思うので、やはりそこが勝負に例えていいのかわからないですけど、成功させる大事な要因かと思います。

深浦さんの「THE WORDWAY」。次回♯3は、深浦さんが多くの選択肢から道を決断する際の考え方を語ります。大切にしている「英断」の言葉に込められた思いに、迷いを振り切るヒントがあります。

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PROFILE

◆深浦康市(ふかうら・こういち) 1972年(昭47)2月14日、長崎県佐世保市生まれ。12歳で単身上京し、故・花村元司九段に師事。1991年10月にプロ入り(四段昇段)を果たし、93年5月、四段で第11回全日本プロトーナメントで公式戦初優勝。03年朝日オープン優勝など実績を積み、07年9月、第48期王位戦で羽生善治を破り初タイトル。その後、王位を3期保持。自らの呼びかけで将棋連盟のサッカーチーム「ケセラセラ」を結成するなど、サッカー好きとしても知られる。

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