Photo by Kondo Atsushi

「向いていることより、好きなことをやればいい。「無理だ」って言われても、それが一番長続きする」

前田哲 #3

今回のアチーバーは、映画監督の前田哲さんです。前田さんは、19歳で東映東京撮影所で、大道具のアルバイト、美術助手を経てフリーの助監督となりました。伊丹十三監督、滝田洋二郎監督、周防正行監督らのもとで経験を積み、1998年に相米慎二監督のもとで、オムニバス映画『ポッキー坂恋物語 かわいいひと』で監督デビュー。2018年公開の大泉洋さん主演映画『こんな夜更けにバナナかよ  愛しき実話』のヒットで注目を集めると、その後も『そして、バトンは渡された』『老後の資金がありません!』など話題作を手掛けてきました。「遅咲き」と語るキャリアから見えたチャンスのつかみ方、理想とするリーダー像、人の心を動かす極意とは―。今回は全3連載の3回目です。

Q:前田さんは幅広いジャンルの作品を手掛けていますが、新たなフィールドに挑み続ける原動力はどこにあるのですか?

周りの人からは『ロストケア』はすごくハードな内容で、『バナナ』はあんなコメディーだったのにと言われたりもしますが、表現の仕方が違うだけで、僕の中では一緒なんですよね。それはA面B面でもないし、僕の中では一貫していて、『バトン』も『バナナ』もやはり国や権力に物申すっていうことですね。老後の問題を「老人だから」とか、国がこういうものだって押し付けていることですね。『バトン』は、家族の在り方をこうだって国が決めつけようとすることに対する反発が裏テーマにあるんです。血がつながってる、つながってないって誰が決めたんですか。その人たちが幸せだっていう生き方を選べばいいわけで、それは国が決めることじゃない。そうした政治的なメッセージが僕の中にあるんです。僕の中には偏見と差別っていうテーマですごくあって、女だからとか男のくせにとか、子供だからっていう、そういう「だから」がすごく嫌で、それを取っ払うような映画を作りたいと毎回思っていますね。

Q:「だから」を取り払うのが、前田さんが映画に込めた思いだと?

反骨心ですよね。一言で言うと、未来に向かって映画を作ってるってことです。未来を1ミリでも良くしたいんですよ。僕は映画にはその力があると思っています。この前、雨の日に路線バスに乗ったときに、運転手さんがバス停で止まるたびに「行ってらっしゃい」「お気をつけて」って言っていたんです。心の底からそういう気持ちで言っているのが分かるわけです。そうすると、雨でじとーっとした雰囲気のバスの中が、ふわふわふわふわって明るくなってくる。見えるんですよ、バラ色が。乗っていた小学生の子供が「行ってきまーす」って言ったのを見ていると、僕もそれで、元気をもらったし、自分も職場に行ったら「おはよう」ってちょっと明るく言ってみようかなと思うじゃないですか。そういう映画を作りたいんです。

Q:それが、前田さんが目指す「心を揺さぶる」ことにつながるのですね。

そのハッピーの花の蕾を受け取ったことで、職場や学校で花開くわけですよね。そうすると、「おはよう」って言われた職場や学校の人も、俺も「おはよう」って言ってみようかなって、幸せオーラが広がるじゃないですか。そういう「雰囲気」っていう言葉だけでは片付けられないエネルギーを人間みんな持ってると思うんですよね。そこに映画の社会的な影響があると信じています。「今日こんな映画見た」「こんなこと考えさせられた」っていうのもあれば、「すごく幸せになった」とか、単に映画を見てルンルンって鼻歌歌いながら、何か優しい言葉をかけられるとか。反対に、「老後の問題なんだけど、ちょっと話し合わないか」でも何でもいいんですよ。映画で何かあったことを人に話すってことが、職場の人、友達、家族、なんかそこら中で広がっていって、社会の変革につながってほしい。だから、多くの人に見てもらいたいっていうのはそこなんです。コアな映画で一生残る映画でもいいですけど、薄く広く広めたいっていうのが僕の考えであり、希望です。

Q:幼少期に描いたハリウッド映画への憧れが、今は未来への思いに変わっているのですね。前田さんから、若い世代や後輩に対するアドバイス、メッセージがあればお願いします。

「自由であれ」。それだけですね。僕が学生に毎回言ってるのは、向いてることより好きなことをやりなさいってことです。人はみんな勝手にレッテル貼ります。「あなたこういうのが向いてるよね」「こういうの得意だよね」とか「こうでないと生き残れない」とかですね。でも、そんなこと誰が決めるんですか? 自分の自由ですよね。下手でもいいんですよ。自分が好きなことすればいいんですよ。「ダメだ、無理だ」って言われても、それが一番長続きするんですよ。

Q:他者から見えている自分に縛られてはいけないと?

僕は俳優さんのワークショップとかでも、演技のダメ出しはしないんです。何を話すかというと生き方ですよね。生き方が全部演技に反映されるので、どう生きるかっていう考え方をお話をさせてもらうんです。人は、親や友達とかから、必ず小さい時からレッテルを貼られるじゃないですか。「あなたは片付けがダメね」とか「おしゃべりな子だね」って。大きなお世話で、人間はおしゃべりな時もあれば、落ち込んで黙ってるときもあるんですよ。だから、「こういう人」なんてなくて「あなたにはいろんな面がありますよね」「それを出してきて演技すればいいんじゃないですか」っていうお話をさせてもらうんです。今は、生きづらいところがいっぱいあると思うんです。でも生きづらいからって「生きづらいなー」って言っていても余計しんどくなるので、なるべく笑って生きていたいと思っています。

Q:「自分を疑う」という話(♯2)にも通じるように感じます。

一つのところに留まったら終わりだと思っているんだと思います。水は絶えず流れてないと留まると腐るじゃないですか。格好よく言えば、水のように流れるように生きてみたいですよね。水は硬い岩をも砕くじゃないですか。なんかそういう、しなやかにしたたかに、でも強く生きたいなと思いますね。僕は、自分が弱いと分かっているんです。だから、それが逆に強みだとも思っている。弱い人間だし、甘い人間だと思っているから、人に頼れるし、人に甘えられるし、平気で図々しくお願いできるんです。

Q:貴重なお話をありがとうございました。このTHE WORDWAYは言葉を大事にしているメディアです。最後に、前田さんにとって大切な言葉、自分の人生に影響を与えた言葉があれば教えてください。

見城徹さんの「これほどの努力を人は運と言う」と言う言葉が好きですね。同い年の俳優の勝村(政信)くんが友達なんですけど、「お互いそんなに才能もないのに、この世界でやってこれたよね」っていう話をするんです。運があった、縁があった、人の支えとか出会いもあった、でも「もう1個あるよね」って。それは「勘だ」って言うんですよ。勘っていうのは、当てずっぽうの勘じゃなくて、右か左か選ぶときや、今までの経験値でこの人と組むのかっていうことの判断をすることです。見城さんの話に戻すと、僕がデビューした時や、自分の企画を通していただいた時に「あいつ、ついてるよね」ってよく言われました。その時は、「じゃああなた達は、企画書10本、20本書いてっていう努力をしてるんですか。それだけの努力をしてるんですか」と反発していました。僕はそうやって企画書を書き、原作本を読むっていう努力をしているからやってこれたんだと思っていたんです。ただ、見城さんの言葉に出会って、その考え方自体が傲慢で、間違いだと気付いたんです。

Q:どのような点が間違いだったのですか?

「あいつ、ラッキーだね」って言われてる時が一番いいんですよ。それはうまくいってるってことで、努力してようが、していまいが、そういう状況にあるってことなので。つまり、「好きでやってるんでしょ」って話に戻るんですよ。「お金儲けたいからやってるの?」「名誉のためにやってるの?」「いや、映画好きなんだよね、俺考えること大好きなんだよね」でしょって。企画書を書くことは苦痛だけど、「好きなんですよね」っていうところに落ちるわけです。見城さんの言葉で、ひねくれて見えていたことが、違う言葉に見えたんですね。見城さんの言葉は「人はそういう風に言われてる時がいいんだよ」ってことで、もっと言うと、「何と言おうが、好きでやってることだからええんちゃうの」ってことだと僕は理解してるんです。そしたらなんか、上手に企画書を書くこととか、上手に何かを人に伝えようとするより、上手じゃなくていいから、読みやすくて、相手に伝わればいいんだなって思えて、少し解放されましたね。

Q:答えは最終的には自分の中にあるからこそ、前田さんのように楽しむことが大事で、ポジティブに考えた方がいいということですね。

人って、いろんなものに呪縛されてると思うんですよね。ただ、それを開けるカギは結局自分しか持ってないので、自分で開けるしかないんですよ。周りがいろんなこと言ってくるんです。「そんなに頑張らなくても」とか「こんなこと忘れていいんだよ、クヨクヨしなくて」とかいろんなこと言うけど、結局自分の問題なんですよね。僕自身、すごく悩む方ですし、ずっと考えてますね。何か作ってるときは楽しいんですけどね。それ以外のことはいっぱい。人生はままならないですよね。思い通りいかないことばっかりだし。だからこそ、自分を解放したいと、いつも思っていますね。
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PROFILE

◆前田哲(まえだ・てつ) 東京東映撮影所で大道具のアルバイトを始めて、セット付き、美術助手を経て、フリーの助監督として伊丹十三、滝田洋二郎、大森一樹、崔洋一、阪本順治、松岡錠司、周防正行らの作品に携わり、1998年相米慎二総監督のもと、オムニバス映画『ポッキー坂恋物語 かわいいひと』で劇場映画監督デビュー。主な作品に『ドルフィンブルー フジもういちど宙へ』(2007)、『ブタがいた教室』(2008)、『こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話』(2018)など。2009年度より、東北芸術工科大学デザイン工学部映像学科准教授を務め、2013年に退任。2021年には『老後の資金がありません!』『そして、バトンは渡された』で報知映画賞監督賞を受賞。2023年は『ロストケア』『水は海に向かって流れる』『大名倒産』が連続公開。次回作は、直木賞をはじめ数々の賞を受賞し、今年11月5日に100歳を迎える作家・佐藤愛子氏のベストセラーエッセイ集を実写映画化した「九十歳。何がめでたい」。女優・草笛光子が自身と同じ90歳の作家を演じる話題作で、24年6月21日公開。

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