Photo by Kondo Atsushi

「僕はニッチの王様になりたかった」

為末大 #2

今回のアチーバーは、陸上400メートルハードル日本記録保持者・為末大さんです。為末さんは現役時代「侍ハードラー」と称され、2001年の世界選手権でトラック競技で日本人で初めてとなるメダル獲得を果たすなど、長く世界のトップ戦線で活躍。キャリア終盤はコーチをつけず、拠点を米国に移すなど前例のない挑戦でも注目を集めました。2012年の引退後はコメンテーターや執筆業、アスリートの社会的自立を支援する一般社団法人の設立をするなど幅広く活動。企業の社外取締役を務めるなど、ビジネスの世界でも存在感を発揮しています。経験から培った本質に迫る自己分析、ビジネスで成果を残すために必要な考え方、人を育てるためのポイントとは―。独自の世界観を持つ為末さんならではの「WORD」から、壁を乗り越えるヒントを見つけてください。今回は全3回連載の第2回目をお送りします。

Q:今回は為末さんの現役時代の話について聞かせて頂きます。8歳の頃にお姉さんの影響で陸上を始め、中学3年の時に100メートルの全国大会で優勝されたそうですが、400メートルハードルという競技を選択したのは、どういった経緯だったのですか?

高校の時は怪我もあってちょっと伸び悩んで、このままだとちょっと厳しいなと思いながら、3年生の時にオーストラリアで行われた世界ジュニアという大会に出たんです。そこで400mで4番になったんですけど、1番とすごい距離があって。その時偶然見ていたのが400mハードルで、シンプルな競技ではなくこういう複雑系に行かないと勝てないんじゃないかと思って、その時から400mハードルに気持ちが向いていった感じです。

Q:「やりたい」ではなく、勝てる競技は何だろうと考えた末の選択だったと?

「世界で1番になるには、どうしたらいいんだろう」と考えると選択肢がほとんどないんですよ。私の身体だと100mは無理だし、幅跳びも無理、長距離なんて絶対ダメだし、投げるのもダメだし。そうやって埋めていった時に、もしかしたらって思ったのが400mハードルと、三段跳びだったんですよね。三段跳びは、時々優勝候補がファールしてダメになることがあるんですね。この種目だったらこういう棚ボタがあるかもしれないなと。もう1個が400mハードルでした。でも僕はそもそも短距離で足が速かったから、どちらか選ぶなら足の速さがより影響するハードルだろうなと思って、400mハードルを選んだ感じでしたね。

Q:100mへのこだわりや未練はなかったのですか?

100メートルで9秒台を自分が出せるとは、正直当時思えなかったんです。それは僕の限界だと思うんですけど。10秒そこそことかは出るかもしれないと思ったんですけど、それは他にもできそうな日本人の選手がたくさんいたんですね。それなら、ニッチでもいいから何かで世界一に日本人がなった方がびっくりするんじゃないかと。だから回答としてはシンプルで、インパクトですね、やっぱり。「ワオ!」っていうか、見たことないっていうような瞬間を起こすにはどの道なんだろうって。それで、自然と400mハードルに向かっていきました。

Q:「勝てる領域で勝負する」というのは、ビジネスにも繋がる考え方だと思うのですが、改めて振り返った時に、そういった判断をする上でどんな気づきが必要だったと思いますか?

当時の気持ちを今振り返ると、まず1つはみんなが歩いているところから外れる気分、そういう怖さはあった気がします。やってきたことを止めて、外れていく気分って言うんですかね。そうした心理的な抵抗があったのと、続けてきたことを辞めるっていうのは、結構怖いものですし、辞めたらどうなっちゃうんだろうって不安もあった気がします。「唯一無二」はニッチにあると思うんですね。「ニッチの唯一無二ですか?それともワンオブゼムですか?」という問いに対して、僕はその時に、今でも覚えてますけど、「ニッチの王様になるんだ」と思いました。それは僕のアイデンティティーにやっぱり染み付いてますね。なので、小さいもの、みんながあんまりすごいと思ってないものだけど本当はすごいんじゃないかと思う気持ちが強いです。

Q:400メートルハードルという未知の世界は、実際に飛び込んでみていかがでしたか?

いっぱい考えることがあって面白かったですね。例えば、血液で疲労度が測れるんですが、大股で走った時と、ちょこちょこ走ったときの違いを調べたりしました。僕は同じ速度でも大きく走った方が疲労しにくかったので、じゃあ大股タイプだとか、そういう要素がいっぱいある競技なんですよ。端的に言えば実験ですね。いつも実験をやりながら、「どれがうまくいくんだろう」ってやっていましたね。

Q:キャリア終盤はコーチも付けずに、独自の練習方法や理論を追求されていった印象でした。前例がない挑戦を前に、どのようなアプローチを心がけていたのですか?

びっくりすることをやりたいっていう意味では、秘密を見つけたいという気持ちがあったと思うんです。そういう意味で「100mは答えが既に半分出ちゃってるんじゃないか」という思いもありましたし、「400mハードルは、明らかにまだ解明されてないものがありそうだ」という感じだったので、あまり掘り尽くされてないものの魅力を掘るみたいなものが好きだったんでしょうね。

Q:試行錯誤の末、01年の世界選手権で、それまで日本人が誰も成し遂げられなかったスプリント種目でのメダル獲得という快挙を成し遂げました。

嬉しかったですし、今までに誰もやったことないわけですから「こういうのがやりたかったんだよ」っていう気持ちですね。ただ、僕の限界はそのときに、「さぁ、次は世界一だ」って瞬間的に思えなかったところなんです。もうちょっと上の方にベクトルを向けてもよかったなと今になってみれば思いますけど。メダルを獲ってちょっと落ち着いて、しばらくして冷静になってから世界一を目指した感じで。それだから、競技人生が世界一に間に合わなかったのかなと思いますね。

Q:このTHE WORDWAYのテーマは「昨日の自分を超え続ける大人を増やす」です。為末さんは、何があったから目の前の壁に挑み、結果を出し続けられたと思いますか?

ラーニングだと思いますね。とにかく学習が好きだったので、元々の身体能力を上回った結果が出せたんだと思っています。日々同じことをやらずに何か試そうとすると、必ずエラーが起きるので、「このパターンだとこういうエラーなんだ」っていうのが、勝手に貯まっていくような感じでした。毎年やり方を変えたり、練習方法も違うし、拠点も違ったりチームを変えたりっていって、外から見るとすごく落ち着きがないタイプだったと思うんですが、結果としていろんなパターンのエラーが出る、複数のエラーが出ることで、より抽象的な学びに繋がりやすい面があったのかなと思いますね。

Q:一般的には、コーチを置かない環境で、エラーを自分のものに昇華させるのは非常に難しいことのように感じます。

陸上競技の良い点は全部自分のエラーなんです。外からやってくるミスというのはなくて、全部自分が起こしているんで、「じゃあエラーを起こす自分ってなんなんだろう」「どうやったら自分は扱えるのだろうか」という考え方でやっていました。この2点が良かった気がしますね。探索して、いろいろ失敗する。失敗する自分を眺めて、自分をどう扱えばいいかと思う。この2つがセットになって回る。そうやって考えていくと、そう考えてる自分をもっとも根本的に抑制してるものは思い込みじゃないかと感じてきて。その思い込みを外すと人間の可能性っていうのは広がるんじゃないかってことに興味を持っていくっていう、そういう順番だと思いますね。

Q:スポーツの世界に限らずですが、興味の先を広げると得るものが多くなる反面、頭の中が整理できなくなるケースもあります。どのようなイメージが必要でしょうか?

例えると、湖で、やたらめったらで色々なところに釣り糸を投げるような感じですかね。そうすると「あ、この辺りが釣れるんだ」っていうのが分かるじゃないですか。でも最初からここら辺が釣れると思って狙いを定めてそこに投げてる人は、その辺のエリアでは詳しくなるんだけど、全体観として分からない。僕の場合は、その探索エリアが他の選手より少し広い気がします。陸上競技の本じゃなくて、例えば、禅でいえば鈴木大拙を読んで、集中って何だろうかってところを引っ張ってくる。トレーニングにしても、インラインスケートをやって「どういう風に体を傾けると前に進むんだろう」というエラーを経験しようとしたことが活きています。そういうのがいっぱいあったことで、だんだん学びが出てきたんだと思いますね。

Q:エラーを経験として蓄積させていくことで、その経験が自然とつながっていくと?

大学に入ってすぐコーチなしでやって、僕自身最初の3年はうまくいかなかったんです。それで高野進さんって方のところに行って、「走り方を教えてください」ってお願いしました。最初はよく分からなかったのですが半年やっていたら、ちょっと良くなってきたって経験があったんです。(引退後に)会社を始めた時も、うまくいかないなとか思っている中で、ある人と仕事のやり取りした時に、その人の文章がすごく綺麗なメール文章で、短くて言いたいこと全部収まっていて、それを真似したらそのままうまくいった感じがあったんですよ。その2つの経験を組み合わせて、僕は最初にいいロールモデルを見つけて模倣する。学習は速いタイプなんで、「どうやればいいんだろうか」って考えるより、うまく機能してる人をまず見つけて、真似しなきゃいけないタイプなんだっていうのを、その2つの事例から抽象度を上げて掴んでいったんです。大事なのは、陸上競技の高野さんに「基本が大事だぞ」ということを教えてもらったことそのものというよりは、普遍性をもってそれを感じられたことだと思いますね。

Q:1つの体験、エラーを普遍的なものに置き換えることで、引き出しを増やしていくと?

その通りです。要するに、「それをなんとあなたは捉えるんですか」ってことになってくるので、私の中では先ほどの2つで行くと、自分なりにうまく機能させていくためには、何かの模倣を最初にやるのが、いきなり探索して自己流でやるより、結果として効率がいいんじゃないかっていうことですね。今もそこは変わっていないです。陸上で起きたエラーはテニスでも起きるのか?ビジネスでも起きるんだろうか?そういうことに興味があるって感じですね。

Q:為末さんの「THE WORDWAY」。次回♯3は、為末さんが教育、育成、これからの野望について語ります。一歩を踏み出す勇気や、失敗をいかにプラスに捉えるか。為末さんの「言葉」に成長の種があります。

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PROFILE

◆為末大(ためすえ・だい) 1978年(昭和53年)5月3日、広島市生まれ。広島皆実高から法大に進学。400メートルハードルで世界選手権で2度(2001年、2005年)の銅メダルを獲得。五輪は2000年シドニー、2004年アテネ、2008年北京と3大会連続で出場。自己ベストの47秒89は、現在も日本記録。2012年に引退し、現在は執筆活動や「Deportare Partners」代表、新豊洲Brilliaランニングスタジアム館長など多方面に活動している。

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